37年勤められた先生の最後の授業
専門学校日本デザイナー学院九州校の姉妹校として教育を行っていた「専門学校日本ビジネススクール九州校(現在は閉校)」に1983年から講師として学生に授業をしていただいていた清水要(しみず かなめ)先生。
広告代理店でお仕事をされていた経歴から、日本ビジネススクール時代はマーケティングの授業、その後日本デザイナー学院に転籍されてからは広告概論やコピーライティングなどの講師を勤めていただきました。
先日、長きにわたる講師生活の最後の授業が行われました。
今年度に入り、新型コロナの感染拡大によってオンライン授業も取り入れて授業を行っていただきました。
長年、講師を勤めていただいた清水先生ですが、オンライン授業にはなかなか慣れない期間もありましたが、最後の授業の日には画面に向かって学生の課題の添削・指導もしっかりしていただきました。
この日、清水先生が学生たちに課した課題は、
「自分を鼓舞する言葉」でした。
これから社会へ羽ばたこうとしている学生に、挫けそうになったときに思い出して欲しい自分へ向けての言葉でした。
この日、学生それぞれが将来の自分へ向けて考えた言葉が、いつの日か思い出されて支えになってくれることを願います。
1983年にスタートした日本ビジネススクールの講師時代から合わせて37年間、学生に向き合って授業をしていただきました清水先生、本当に長い間ありがとうございました。
ニチデの講師としての時間は終わってしまいますが、これからも若人へ清水先生の経験と哲学を伝えていっていただければ嬉しいです。
清水 要先生よりクリエイターを目指すみなさんへ向けて。
<1980年代から現代までの要約>
1980年代はバブル全盛の時代、社会経済すべてが元気だった。天神の流通も活況を呈していたし、広告も華やかな時代だった。コピーライターが注目を集め、デザイナー、カメラマン、そしてコピーライターを経てCMプランナーへと広告界では広告制作者すべてが出揃い、脚光を浴びた。糸井、仲畑、川崎、立木、繰上、篠山・・・
その時代のそうそうたるメンバーの、名前を出すときりがない。
企業側も広告出稿はもちろん、海外進出を見据えCI、VIへの取り組みなど前向きな変化が見られた時代でもあった。海外旅行招待の企画や、CM、ポスター制作では海外ロケも当たり前、表現も奇抜、冒険、奇異、挑戦・・・とあらゆるパターンが氾濫した。
自由な表現スタイルが試された時代でもあり、また企業側にも許容の精神と金銭的余裕もあった。
私も当時30代~40台へ、西鉄をはじめ、天神コアやソラリアなどの広告を担当していた。海外へは仕事やロケで各国へ行った。アメリカ(ニューヨーク、ロス、シスコ、ラスベガス、ハワイ、シアトル、ワシントン)イギリス、フランス、オランダ、スペイン、・・・
時代は人々の多様化、個性化をより一層加速させ、既成の概念を打ち破るあらゆる文化の芽が生まれつつあった。
このころの学校もグラフィックデザイナー志望の学生であふれていた。
その後バブル崩壊へ、緩やかに時代が移り変わる。景気の後退に歩を合わせるようにイメージ戦略は姿を消し、売上に直結する販促戦略強化へ、また広告費の削減に追い打ちをかけるように企業のポイント制にかかる費用も広告費として計上されていくことになる。
このころ、健康志向の時代の流れに乗って通信販売の台頭が見られる。まだ、広告のマスメディアやSPメディアという従前のメディアが中心だが、徐々にデジタル化の波が訪れてくる。
パーソナルなメディアとして、ポケベルからピッチ、携帯、そしてスマホとビジネスにおけるコミュニケーションのデジタル化が進んで行った。広告制作現場もアナログからデジタルへと移行、その波についていけず、職を追われるクリエイターも少なくなかった。
デジタル化は、モバイルの進行に合わせメディアの姿を徐々に変化させていくこととなった。パーソナルな世界はあらゆるサブカルチャーを生み、発展させていった。
学校もデザイナー志望から漫画、アニメ、ウェブデザインと多様になっていった。
広告コミュニケーションも、以前のマスメディアといわれる、TV,新聞、ラジオ、雑誌
の存在意義は薄れ、インターネット広告が凌駕し、またモバイルの浸透はSNSという新しいパーソナルメディアを発生させた。マスメディアを中心としたクロスメディアという概念でさえ、もう古いと思われる。メデイアは何かが消滅し、何かに収束していくのか、それともさらに拡散していくのか。
これからも時代を見つめながら、見極めていきたい。
<授業を持つこと、知識を伝えることとは。>
35歳で初めて授業を持つことになった時、「清水君、人に教えるということは、自分の経験や知識、学んだことを理解し、改めて整理することです。そうしないと教えられないし、それは君自身のためにもなることだから頑張ってください。」という、私を推薦してくれた小林先生の言葉が忘れられません。いつもこの言葉が頭の片隅にありました。
今後、私のつたない知識を伝える別の方法も考えたいと思います。
<激励の言葉>
感性を磨く。
感性とは、「知識と経験に裏打ちされた感受性のこと」です。
感性豊かになるということは、とりもなおさず広く知識を得、多くの経験をすることです。
失恋しましょう、遊びましょう。美術館に行きましょう、映画を観ましょう、本を読みましょう。感性は天性のものではなく、感性は磨かれるものです。感性は鋭くなるものです。
戦略・戦術・戦技
戦略、戦術という言葉があります。そのあとに戦技というものがあると思います。
技術を学ぶことはとても大事なこととして学校で学びます。しかし戦略があって、そのもとに戦術が生まれます。その戦術を成し遂げるために一人一人の技があるのです。
技術を習得することは、自信を持つことにつながります。しかし戦略、戦術があっての戦技です。大事なことは物事を俯瞰する目であり理解判断する目です。
協業であり、競業です。
クリエイティブ作業や広告作りは協業です。依頼者(広告主)はもちろん、営業担当、デザイナーやコピーライター、カメラマン、スタイリスト、ヘアー、メイク、印刷会社などなど・・・・どんな会社でも仕事でも言えることですが、協力し合って成し遂げます。
そしてそれは、一人ひとりの能力の競争であり、また他社との競争でもあります。
コミュニケーション能力を必要とし、個々の力の発揮が大切なのです。
核はあっても枠はない。
平面から立体へ、3次元へ4次元へ、映像へ空間へ、
デザインはあらゆる分野へ、その価値や意義が広がりつつあります。
ひとつの世界に固執することなく自分の能力や活躍の幅を広げてほしい。
デザインという核はあるが、その枠はないのです。
クリエイターを目指す皆さん、夢に向かって
大きく羽ばたいてください。
清水 要